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日志


2005/9/2

9月になったなんて俺は信じない

 
というわけでまだ夏休み子ちゃんと別れたくないので
 
夏休みの思い出を女々しく引きずって頑張ろう。
 
これが時差ボケってヤツなのかな?いや、違う(逆説)
 
 
デブ専の友達が体重100キロオーバーの女の子と居酒屋
 
デートをして、最後の締めにデザートを食べているヤツの前で
 
0,1トン子さんがデザートと称して冷麺を一心不乱に食べていた頃
 
俺は日本から再びバンコク入りしていた。台北からの同乗者
 
には、鉄男に施術した足ツボの先生がおり、そしてスチュワーデス
 
はまた同じ子だった。運命、なんてもの以前に会話もなかったけど。
 
 
タイに着いたその夜は、従兄が
 
 
『フカヒレ食べに行こう!スゴイウマイ店があるんだよ!しかも安い!』
 
 
ということでヤワラート(中華街)に繰り出した。
 
 
『あった!あそこだ!シェークフィンって書いてある!』
 
 
まあ、シェークでもシャークでもそんな間違いはどっちでもいいけど
 
行く店は覚えておこうよ。間違えて入ったレストランの座席に座ってから
 
 
『あ!ココじゃない!』
 
 
って言って退店するのはあまり気分のいいモンじゃないしね。
 
 
でも本当にウマくて安かった。海外なんとかって店。オススメです。
 
 
そして翌日フィリピン入り。
 
 
空港に着いたら2時間のディレイだったので、空港のマッサージ屋で
 
時間を潰す。なんとか到着後、マニラで友人カップルと合流して
 
マッサージ店に連行される。血行が良くなりすぎて、酒が体に良くまわり
 
その夜のリアルフィリピンパブでは調子が良かった。いや、逆に辛かった。
 
 
後は、食べる、飲む、ホテルのプール、マッサージと、プール以外は
 
錦糸町で遊んでるのとあんまり変わらなかった。しかも紫外線のヤロウ
 
にあっという間に体はフェラーリのように真っ赤にされ、激痛で水シャワー
 
しか浴びれなくなるし、プールサイドで友人と逆水平チョップの打ち合い
 
をした胸板も痛いし、プールサイドからエメラルドフロウジョンで友人を
 
水面に叩きつけたら、『ピーーッ!!』って監視員に笛吹かれるし、
 
とにかく気付いたら3泊4日のフィリピン旅行は終わってました。
 
 
そしてラスト1週間のタイ滞在は期待を裏切ってくれませんでした。
 
 
まだ夏休みはつづく
2005/1/5

男はつらいよ

前略、おふくろ殿

 

『何でウチの息子達は馬鹿なんだろう!』

『サラリーマンになって欲しかった!』

『孫なんて期待してないよっ!結婚なんてアンタじゃ無理!』

 

等と散々言われてきましたが、その原因はあなたの伴侶

こと俺の親父が昔、あなたに

 

『アンタ、パンツにションベンちびってんじゃないのっ?』

 

と言われた時に

 

『馬鹿野郎!俺はちびりまるこちゃんじゃねえんだよっ!』

 

と反論したというのも関係あるかもしれませんし、ないかもしれません。

そして、この前の津波で心配してるだろうと思ってたけど昨日まで電話

してなくてすみません。でも、

 

『生きてたの?金ならないよ!』

 

って、そりゃあ、ねえだろうよ・・・

 

前置きが長くなったが、ある消息筋(知人)から、ライブハウスで

働いているという女性を紹介された。

 

一緒に食事に行ったのだが、かなりの色白美人で歳は20代後半

といったところだろう。

 

その後、BARで

 

『あなたのまつ毛は長いですね。目を瞑ってよく見せてください』

 

と言われたので目を閉じた瞬間にキスをされた・・・

 

何なんだ!これは!新手のテロなのかっ!?

 

とニヤケる顔を抑えて、動揺を隠しつつ、俺はティッシュで口を拭いてそれを食う

という大人の対応でいなした・・・かに見えた・・・

 

刹那

 

『私は38歳で8歳の娘がいますが、結婚して下さい』

 

という津波を食らい

 

「いや、友達、友達・・・」

 

とフレンドを連呼した俺のその時の顔はB-BLUE

 

そして聖人(過去ログ参照)あんたスゲエよ・・・

 

拝啓、おふくろ殿・・・孫欲しいですか?

2005/1/4

トレビの泉

 

噴水で泳ぐ少年達

 

水中を片手でまさぐっている

 

もう一方の手にはペットボトルを持っている

 

「魚でも取れるの?」

 

と聞くと

 

『コイン拾ってる』

 

というアンサー

 

うん・・・デッカクなれ!

2005/1/3

スモーキーマウンテン

年末をどう過ごすか友人とその彼女と会議した。

 

俺は海に行って炭火で餅を焼こうという案を出したが0.8秒で却下された。

で、結局トンドというマニラで一番危険なエリアで民家の屋上から360度の

パノラマで花火を見ることになった。

 

花火は結構感動したが、それよりもその前に現地のチビッコダンスパーティー

に参加させられ、子供達に俺の志村けんばりのダンスがウケて、ブレーメンの

音楽隊のように奴等がごっそり俺に着いて来るわ、かまって欲しくて俺に向かって

花火の先端を向けてくるわ、殴り合いの喧嘩が始まるわでカツ丼2杯分くらいの

カロリーを消費させられた。

 

とにかく、俺がマイケル・ジャクソンじゃなくて良かったな、チビッコ達。

 

まあ、その後は食べたり飲んだり寝たりで今に至る。

 

そして、今日体重計ったら、フィリピン来てから3キロ増えてた・・・

2004/12/30

燃えよ!デブゴン

タイでは毎日のように仕事に付き合わされたので、旅行って

気分は皆無に等しかったが、その分フィリピンでは羽を伸ば

すつもりなので、気分はすっかりバカンス-ンス=バカという

ことに旅のテーマを決定。

 

早速、空港タクシーの運ちゃんとトラブル

 

見るからに怪しい上に、途中から助手席に薄汚い男が同乗して

きたので、日本人というと余計に金を要求してくるだろうと思い

バンコクからの便なのでタイ人と答えておいた。

 

が、向こうは

 

『タイ人なのに肌が黒くないな』

 

と、余計な事を言うので

 

「中華系タイ人だからだ」

 

と答える。すると今度は

 

『名前は?』

 

と聞かれたので、0、5秒考えた後

 

「ポー」

 

と答えた。ふう、面倒クセエと思っていると今度は

 

『苗字は?』

 

と聞いてくるので、1秒考えた後

 

「シリモンコンチャン」

 

と答えた。(言ってる自分が情けなくなり語尾がフェードアウトする感じになった。)

 

奴はシリモンコンチャンと語尾を弱めに3回くらい復唱した後

 

『発音が難しいな』

 

と呟く。

 

その後、『タイ語でコレは何て言うんだ?』等という

質問を適当に答えて、安心しきっていた頃

 

『中国名は何て言うんだ?』

 

と聞かれた時に思考が固まった。何故なら最初に頭に浮か

んだ名前がジャッキー・チェンだったからだ。

しかたなく咄嗟に

 

「いや、中国名はない、ウチは貧乏だから・・・」

 

と苦し紛れの発言をしてしまう。が、向こうは

 

『そうか。で、ミスター・ポーのスペルはPOHでいいのか?』

 

という質問。っつーか、ミスター・ポーって何度も呼ばれて

いるうちに、最初は「ミスター・ブーかよ!」と思っていたが

だんだん、自分がなんだか、山ハン・キンポーみたいな気分に

なってきた・・・

 

まあ、そんな感じでバレずにホテルに到着。

 

向こうは1000ペソを要求してきたが、俺は法外だと

言って300ペソを主張。じゃあ、300でいいから女

を紹介させろ!とか、ホテルに行く前に遊びに行くぞとか

たわけた事を抜かすので、恫喝した後、結局400ペソで

落ち着いた。さらに、客の俺に捨て台詞まで吐く始末。

 

つまり、タイ人と偽った意味は全くなかったというお話