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2006/3/10 油汁拝啓、今ボクはタイのバンコクにいます。
10時間超のフライトを終え、空港に迎えに来てくれていた
従兄とダイレクトにイサーン料理屋台に向かったのが午前0時半
『辛くしないでね!』
と、3回も顔見知りの従業員に頼む辛い物が苦手な従兄。
そして運ばれてきた激辛ソムタムを食べて明日
のトイレに一抹の不安を覚えたのが午前1時
『ゲバラ好きでしょ!ゲバラのVCD買ったから見なよおお!』
とシャワーを浴びた後に言われ、VCDを観賞。字幕はタイ語。
ゲバラが飛行機に乗り込んだ時刻は午前4時半
ウルトラマンの布団にオレがもぐりこんだ時刻は午前4時45分
従兄の携帯が鳴ったのは午前5時
『ポム コ ラック レック (レックを愛してる)』
とかタイ語で言っていた。その直後に
『ポム コ ラック イヌ (イヌを愛してる)』
と意味不明な呪文を唱え始めた。
レックではなくてネコだったんだけど、とにかく
タクシーで動物病院に到着したのが午前6時。
急に体調が悪くなった従兄の知り合いの女の子の飼っているネコ
ルルちゃんの診断が終わるまで付き添う事になったのである。
バイクに轢かれて血だらけになっていた子猫を当時
大学生だった彼女が拾ってずっと育てているらしい。
『すっごいやさしいよねえ!ねえ、思わない?』
とオレに聞く従兄。そしてオレが返事するより早く
『やさしいんじゃない。当たり前だよ。じゃあ、あなたは目の前
に怪我してるネコがいたら放っておくの?』
と彼女から従兄にカウンターの右ストレートが飛んできた。
刹那、地面に横たわり
『ほら!ボク倒れてるよお!助けてー!』
『ヤダ』
『ボク、このネコ好きになっちゃった!死んだら泣いちゃうよー!』
なんていうキャッチボールのできていない会話を横目で
見ながら点滴の袋が空になったのは午前10時半
彼女とネコを見送った後、歩道橋の上からデモパレードを眺めながら
『彼女の名前、オイルっていうんだよ。あっ!メールがきた!』
と言って、携帯電話を取り出す従兄
『サンキュー、アイム ハッピーって書いてあるよ!
ハッピーって言ったら幸せだよ、幸せ!彼女幸せだってさ!
よし、ボクもアイム、ハッピーって返事書こっと!』
とにかくネコのルルちゃんが元気になってハッピーですね、オイルちゃん。
マッサージ屋でウトウトした後、ビアガーデンに向かい
仕事仲間のタイ人と乾杯したのが午後6時半
『あ!またオイルからメール来たよおおお!
今起きた、今日はありがとうだって!
彼女ボクに惚れちゃったよお!よし、返事書こ!
ネコの名前ってミミちゃんだっけ?』
テーブルの上のトムヤム君が濁った瞳で冷めた視線を送っていた。 2005/9/29 緑の日空港に出発するため、昨夜と同じメンバー&シチュエーション
で従兄の家から荷物を持って階段を降りている途中
「アレ、何か俺、このシチュエーション最近見たことがある!
実際、最近って言うか昨日!これってデジャヴってヤツかな?」
と、俺が言うと
『あっ!ボクもなんか見たことあるよ!この風景!』
と切り返す従兄。
今日もボク達、息がピッタリ。
キャンセル待ちの為、早く空港に来いと言われたので
離陸3時間前に空港に到着。が、
『とりあえず、22時になったらもう1回来てチョンマゲ!
それまでチケット発行できないから。4649!』
と言われてしまったので、空港内のビアガーデンで
時間を潰した。そして、テンションが上がる従兄。
『ボクねえ、自分の年齢言いたくないから、聞かれた時は
トム・クルーズと同い年って言う事にしてるんだよー!
そうすると若い感じがするでしょ?』
「へえ、なるほどねえ」
『あっ!それか、ブラッド・ピッコの1歳年上って言う時もあるよ!』
「ウハハハハ!誰?ブラッド・ピッコって!でもピッコってカワイイなあ!」
と、ロレツが回らなくなってきた従兄に笑わされる。
『ところで、タイ人女性のどこが好きなんですか?』
と、ウリ子さんが従兄に質問すると
『そうだなあ・・・うん、日本人じゃないところ!』
そして、俺が
「え?じゃあ、日本人の女のどこが好きなの?」
『うーん、タイ人じゃないところだね!』
よし、意味わかんねえ。
従兄の7回裏の攻撃が終了した後、ウリ子さんが
『タイ北部の無人島キレイでしたよ。流れ星とか見えて・・・』
と話した途端、従兄がそれを遮って
『そんなのボク達もカンボジアで見たよ!ねー!星みどり!ホントキレイだったよねー!』
「ロレツが回らないのはしょうがない。でも、流れ星がどうやったら
星みどりになるんだよっ!誰だよソレ!ハハハハハハ!」
さて、そろそろ22時。果たしてキャンセル待ちは取れたのだろうか?
そんな俺の気持ちを察したのか、従兄が一言
『チケットとれないよー!そしたらタイに住んじゃいなよ!ね、楽しいよー!』
「いや、今日は大丈夫だよ、それに・・・」
『あっ!あの緑の子カワイイ!ボクのタイプだよー!』
うん、会話にならないね。
まあ、そんなワケで120ユーロのチケット変更料金払って
なんとか無事、アムステルダムまでは行ける事になった。
が、アムステルダムからバルセロナ行きが、また現地で
キャンセル待ち。あー、メンドクセエエエエ!
とにかく、従兄にウリ子さんありがとう。
久しぶりに思い切り笑ったり、胃が痛くなったり
下痢が止まらなくなったりしました。
コップン カップ 2005/9/26 グラディウス8月30日
午後に置き換えるなら20月30日
遂にポルトガルへの帰国日になっちゃんた
なっちゃんって誰ですか?なっちゃいました。
カンボジア旅行以降は酒を飲んだり、ナイトマーケット
をブラブラしたり、歩いていたら先日のオカマ屋台の
オーナーに後ろから不意打ちで抱きつかれて
ションベン少しチビったりしていた。
そして、タイ最後の晩餐を伊勢丹付近の
イサーン(東北地方)料理屋台で食う事に。
遅れてやって来た友人のウリ子さんと俺と従兄の
3人で、グリーンパパイヤとカニのサラダや、
ブタののど肉の炭火焼、小エビの踊り食い
などをアテにリオビールを飲んだ。
この時のメインテーマは地理クイズ。
俺: 「アモイってどこにあるか知ってる?」
ウ: 『え?分かんないです・・・』
従: 『えー?知らないのー?イースター島だよーー!ハハハハ!』
俺: 「はい、それはモアイ!」
ウ: 『なるほどー!すごいですねー!イースター島なんですねー!』
俺: 「・・・・・・・・・」
なんて話していると、屋台の人達が雨に備えてテントを張り始めた。
へえ、全く降りそうな気配がないのに分かっちゃうんだなあ地元の人は。
すると、従兄がテントを支える一本の竹の棒に捕まり腰を振りながら
『ボク、こんな棒みちゃったら踊っちゃうよ~!ホラ、ゴーゴーBARだよ!』
それを見ながら笑う俺達に
『よし!ボク、ゴーゴーサーカスって店を出すよ、タイで!』
と、夢を語ってくれた。
そこに、インド人の豆売りがやって来たので、俺がいらないと言うと
『あーっ!豆買う!彼ボクの友達なんだよ!彼いいやつだよー!豆ちょうだい!』
と言うと、従兄の頼んだ豆プラスもう一種類の豆を手渡すインド人。
『ね、優しいでしょ!サービスでもう一個くれたよ!大好きだよ、彼!』
そして、2種類の豆の料金を請求してくるインド人とキレる従兄
『いらないよ!こんな豆!1種類でいいんだよ!コイツ最低だよ!
気を付けな!こういうインド人!』
と、俺に忠告をしてくれたが、そこはウリ子さんが豆代を払ってくれて
落ち着いたところで豆を貪り食う従兄
『美味しー!オイシーヨー!豆食べな!豆食べると頭良くなるから!』
「え?マジで?知らなかった!」
『だからボク頭いいんだよ!』
なんだ、ウソか
さて、23時の飛行機だから1時間前には
空港に着いとかなきゃと思い
「今何時?」
と聞くとウリ子さんが
『オヤジ』
と答えた。
心臓が一瞬停止した後、従兄が
『ダメだよ!オヤジなんて最低だね!ハナヂって言わなきゃ!』
と言った時の時刻は21時過ぎ。会計をして空港に向った。
空港までは30分もあれば着くのでバカ話をしながら
タクシーに乗っていると突然の渋滞。
『大丈夫かなあ?もう22時過ぎてるよ!』
「大丈夫だよ。俺、以前30分前に空港着いて乗せてもらった事
あるし、いつだって地球は俺に優しいから無問題。」
『でも、もし遅れたらどうする?』
「大丈夫だって。それに俺が帰らなきゃ店開けられないし
責任重いから大人として神が俺を乗り遅れさせてくれないよ。」
ホラね。離陸40分前に空港に到着。
しかし、時間的にはギリギリなので、ダッシュでチェックインカウンターヘ。
『この便のチェックインはもう終了しました。』
「え、まだ40分前だよ!渋滞してたんだからさあ、ジジイ!頼むよ!」
『明日の同じ便のスタンバイ入れときました。お引取りください。』
ヤベエ、人生2度目の飛行機乗り遅れ。それを横から見ていた従兄に
『さっき言ってた責任感っていうのはどうなるの?』
と、ピーナッツしか残っていないキャラメルコーンをプレゼント
するような言葉をいただいた。
「の、飲もう!とにかくっ!大丈夫だよ!今夜は雨降らなかったし!」
夏休みはまだ終わらない 2005/9/14 電車でGO!結局、出発当日まで飛行機のチケットは取らなかったので
必然的に寝台列車での出発になった。
目的地はチェンマイか、イサーン地方の北の果てか。
そんな折、従兄の携帯が鳴った。
電話を切った直後、ハイテンションで
『よーーしっ!合コンだよ!合コンッ!女の子紹介してあげるね!
女子大生だよっ!僕達2人で相手は6人来るよっ!ディスコだーーっ!』
この瞬間、寝台列車に乗れない事が確定。
夜22時。到着したのはポルトガル旧通貨と同じ名称の
エスクードという名の店。冷房が効きすぎて寒い。
従兄がボトルキープカードの有効期限をペンで書いて誤魔化し
たのが店員に発覚した後、結局4人になった女子大生が到着。
自己紹介が始まり、最後の一人の女の子の名前が
○ンコ
という名前だった事により従兄のスイッチが入り
『ウハハハハー!マ○コちゃんだー!マン○ちゃんだー!ウッハハハー!』
と、マン子さんに絡みながら殺虫剤を噴射された
アル・ヤン・コビックのような踊りを展開。
タイのディスコは、ヅョニーウォーカーをペプシコーラか炭酸水で
割って飲むのが主流なのだが、とにかくコレがマズい。
そして、音楽がうるさすぎて女の子ともロクに会話ができない。
そのうち、従兄は他の男が連れている女の子が気になり始め
4人の女子大生も、他のタイ人にナンパされ始める。
そんな中、俺はオタク風のスイス人と意味の分からない会話をしている
うちに午前2時。不完全燃焼のままノーサイド。
飲み足りなくて入った店では深夜のアルコール販売が禁止
という事で、ヅュースしかなかったので店を出た。
そして翌朝、俺達はカンボヅアに向けてバスで出発しました。 2005/9/12 選挙従兄と小旅行に行く計画を立て、旅行代理店や
インターネットカフェで情報収集。以下の候補が
選出された。
ヤンゴン(ミャンマー)
『ヤンゴンのディスコに入った瞬間、女の子がワラワラと
寄って来て囲まれちゃうらしいよ!行きたくない?』
という理由。まあ、娼婦なんだろうけどドラフト1位。
シンガポール
航空券が安い。が、魅力不足。
クアラルンプール or ペナン (マレーシア)
タイ人の友人が
『仕事で行くから一緒に行こうよ』
という誘いをしてくれたが、結局ヤツは香港に行ってしまった。
ペナンは2泊3日ではちょっとキツイかな、と。
シェムリアップ (カンボジア)
昨年、従兄と二人で陸路でシェムリアップまで旅行済み。
最悪なピックアップトラックの荷台で赤砂に吹かれながら
国境から11時間。二度と来ないと心に誓った。
ビエンチャン (ラオス)
『ビエンチャンはつまらない』と従兄が一刀に斬り捨てたがルアンパバン
とラオスビールは捨てがたい。従兄の『今回はビエンチャン手前の
イサーン(タイ東北部)まで行って来年ルアンパバン行こう!』
という一言で試合終了になってしまうのか?で、来年って?
チェンマイ (タイ)
名物のカオソーイ(カレー麺)を食べるプラス夜遊びが充実。
カオソーイは俺的にはどうでもいいが他のメシも美味いです。
『寝台列車でお酒のみまくったら楽しいよー!』
確かに寝台列車大好きだし、チェンマイにも6年くらい
行ってないから、今回のドラフト1位。
パタヤ (タイ)
従兄が大好き。海が汚い下衆な町。
まあ、今回唯一のビーチって事で出馬。
厦門 (中国)
なんかいいらしい。が、9月になると飛行機のチケット
が半額以下になるので見送り風味。
昆明 (中国)
従兄が旅行代理店で最初に値段を聞いた場所。
理由を聞くと、『なんとなく。雑誌で見た。』とのこと。
きっと風俗雑誌だろうから理由は女なんだろう。
以上のラインナップの中から俺達が選んだ旅行先は
どこでしょう?どうでもいいね。正解! 2005/9/7 ゲーリー(元中日ドラゴンズ)朝、目が覚めると従兄が部屋の冷凍庫の霜取りをしていた。
そして包丁で氷を砕いている途中、プシューという音が。
ガスが抜けて臨終を迎えるのは冷蔵庫と、俺が日本から
持ってきて、ポルトガルに持って帰ろうと思って冷蔵庫で
保存していた高菜他数名の食材戦士達。
どうも高菜とは縁がないらしい俺は、とりあえず腐らない
モノを自分用ポルトガル土産にしようと思い、炊飯ジャー
を伊勢丹で購入。もう、かれこれ7年くらい鍋で
米を炊いている俺に文明開化の音が聞こえ始めた。
と同時に、腹のクダる音も聞こえ始めた。
明らかに普段は出てこない汗が額に滲み
チキンスキンはスタンディングオベーション状態。
エニウェイ、たい焼きを買っている従兄を待っている余裕
なんてものは全くないので、便所で会おう!と別れを告げ
なるべく空気抵抗の少ない走法からコーナーはアウトインアウト
で駆け抜けて便所にピットイン。小脇には炊飯ジャーを抱えて。
勝利の瞬間が訪れた後、ようやく周りの景色が見え始めた。
そして幾つかの疑問が脳裏をかすめる。
問1 何故、トイレットペーパーがないんだろう?
問2 何故、便所で待ち合わせた従兄が来ないんだろう?
問3 何故、便所の中で女性の話し声が聞こえるんだろう?
答え
紙のない女便所で尻を出しながら炊飯ジャーを抱えている俺
その後、携帯電話が鳴ったが出られるはずもなく、便所に人の
気配を感じなくなってから脳みそをフルスイングさせて
炊飯ジャーのレシートを尻に挟み、男便所に盗塁を敢行。
レフェリーのブラインドを突いた反則攻撃が成功した瞬間だった。
従兄と合流後
『どこ行ってたの?トイレにいなかったから外で待ってたよー!』
「間違えて女便所に入っちゃった・・・」
『ウワッハハハハハハハハ!!』
その後、会う人全てにバラされたのは言うまでもない。 2005/9/4 一発貫太くん『なんで夜なのにサングラスしてるの?』
と俺に聞いてくる全国のメガネフェチのみなさんコンバンワ!
じゃあ、俺にコンタクトレンズをプレゼントしてください。
恒例の今日の一言のコーナーは以上です。
引き続き、夏休みのつづきをどうぞ。
タイに戻った俺は従兄に誘われるがままトムヤムクンという
映画を見に連れて行かれた。ポップコーンは好きじゃない
と俺が言った3分後に山盛りのポップコーン2つプラス炭酸の
抜けたコーラ2つを買って来てくれてありがとう。
「せっかく新作の映画なんだから彼女と行けばいいのに」
という俺に
『もう彼女と見に来たよ!』
じゃあ、何で・・・とは聞かないことにした。きっと、ミル・マスカラスの
4次元殺法のような返事が返ってくるだろうから。
海外進出作戦だかなんだか知らないが、オーストラリアで撮影した意味が
全く感じられなかったけど、おかげで英語字幕も出たので理解する事が出来た。
いや、言葉が分からなくても問題ないくらいの分かり易さだったけど。
そして夜、ナナプラザ近くの屋台でソムタムをつまみにビールを飲む事にした。
その屋台のオーナーである長身、短髪の男を見て
「あ、アイツはオカマだよ」
と俺が言うと
『なんで分かるの?ボク聞いてみるよ!』
「いや、聞かなくていいよ!」
と俺が言うより早く、彼を呼んで話し始める従兄
『ホントだー!!彼オカマだってー!』
と言った刹那、オカマ先輩は汗だくの顔を近づけて電光石火
で俺にキスを敢行。一瞬で不快指数が100%を超え、
ヌットリとした頬を拭うと今度は俺の腕に絡みつき耳元で
エアコンの室外機のような吐息とともに
『今日は店閉めるから一緒に行こ!お金はいらないから!』
というお誘いをしてくれました。
『ウッハハハハハァ!彼に惚れられたよー!モテルじゃん!
一緒に寝たいって言ってるよー!ワハハハハ!』
「何言ってんだよ!無理だよ!しかもタダでいいって
普段は金とってんのかよ?この男は!」
とにかく、明日、明日と連呼して逃げるように屋台を離れる事にした。
その後、ゴーゴーバーで刺青だらけの日本人青年ケンタ君と知り合い
彼が結婚を前提に付き合っている女の子の家で2人で酒を飲む事になった。
ウイスキーのボトルが2本空いた頃、彼女の同居人の女の子に
『ケンタは彼女に金の指輪を買ってあげたんだよ!
私は持ってないからアナタが買って!』
と初対面の俺に心温まる事を言ってくれたので
「俺は公務員じゃないから無理だよ、ゴメンネ」
と、冷静に対応。が
『指輪の内側に名前も彫れるんだよ!ケンタの彼女の指輪
にはケンタって彫ってあるから、アナタもヤマって彫ってアタイに
ちょうだいちょうだいちょうだい!ほら、彼女の指輪見て!!』
と、俺に指輪を手渡す彼女
「あ、ホントだ。KANTAって書いてある。つーかカンタになってるよ、コレ・・・」
『え?マジっすか?アァァアァァァ・・・・』
と、落ち込むケンタ君
「いや、大丈夫だよ!ほら、AとEなんてアルファベットで言ったら
隣のクラスの生徒みたいなもんだし、ネコだってハングライダーやったら
ニャングライダーとか呼ばれるかもしれないし、な!元気だしなよ!」
と励ました俺の言葉はカンタ君に届いていたのだろうか?
とにかくタイってヘンな人が多いですね。 2005/8/11 レインボー4タイでの2日目はチャトゥチャック週末マーケットで買い物
従兄は仕事なので、何故か従兄の彼女と
2人で行動するように命令される。
モデルらしいその子はいきなり俺に自分の写真を4枚見せて
『どれが一番かわいい?』
と、面倒くさい質問をしてくるので、お茶漬けにぬるいお湯を
入れるようなリズムで適当に1枚を選択。刹那
『じゃあ、今度はこの4枚にかわいい順番をつけて!』
朝からおじさんを困らせないでおくれよなのである。
ちなみに彼女は従兄の事をオジイサンと呼んでいた。
チャトゥチャックで買い物を済ませ、マーケット内にある彼女の
友達がやっている洋服屋の店番をやらされたりしているうちに
俺の携帯が鳴り、従兄の仕事が終了したことを知らされる。
『ありがとう、優しくしてくれたから今度友達の女の子紹介してあげるね!』
「ありがとう、今度は俺も写真にちゃんと順位つけてあげるよ!」
というような会話をアイコンタクトで済ませ、彼女と別れて従兄と夜の街へ
『よーしっ!ウルトラマンセブンだよ!ニューウルトラマンセブンだよっ!!
いや、もうウルトラマンタロウだねっ!!!アッハハハハハハハ!!!!』
とハイテンションな従兄と共に韓国焼肉店へ向かった。
焼肉店に到着後、まずは飲み物の選択。日本語メニューに目を通すと
ツンハービル
ヅョニーウォーカー
という事なのでシンハビールを注文。
2軒目に行けなくなるほど満腹になった俺達はタイマッサージに向かった。
俺が日本語を喋るオバチャンに今度タイに戻ってくる時に味付け海苔を
お土産に買ってくる事を強要されている横で
『ヤバイよ!このオバチャン!ボクの股間を触ってくるよ!
寝たフリするから起こさないでね!』
と言った後熟睡している従兄
俺も睡魔で海綿体に血が上ってしまったので
恥ずかしいから寝たフリをすることにしました。 2005/8/10 平和8月のタイは結構涼しい
何故かというと・・・やっぱり面倒くさいから書かない。
カンボジアに仕事に行っている従兄の代わりに、山本君
が空港まで迎えに来た。山本君というのは従兄の・・・やっぱり割愛。
山本君と一緒に予約をしていた日本行きのチケットを受け取った
後、ソンブーンにカニカレーを食べに行ったが閉まっていたので
同じ通りのタイ料理屋でビールと空芯菜のてんぷらと豚の炭火焼
とパッタイ、そしてあとは忘れたけどタレが美味かったヤツ。
このお店はオススメだけど名前は失念しました。
その後、シャワーを浴びて晩飯を食いにトンローに向かいウリ子さん
と合流。彼女オススメの店で牡蠣の鉄板焼き他3品をビールで
胃に流し込む。どれもウマかったけど、チョンガーだかなんだかっていう
花のつぼみ炒めが気に入りました。
その後、3軒はしごしたんだけど、2人とも俺に付き合ってくれて
どうもありがとう。楽しかったです。そして、鼻毛について熱弁してゴメンナサイ。
かなりの満腹状態で深夜に従兄と合流。屋台へ向かう。
何故かビールを飲みながら油そばを2杯食ってしまい
胃がもたれたままウルトラマンの布団にもぐりこみました。 2005/2/5 千秋楽パーサーが、ほとんどの乗客に出身国を聞いたりと、雑談を交えながら食事 を配っている。オランダ人、おおらかな人種である。(いや、よく知らんけど)
ようやく、俺の隣のハングリータイガーにもエサがまわってきた。パーサーは先刻 のやり取りが、タイガーホース(トラウマ)になっていたのか、苦笑いで奴にエサを 2個与えた。そして、『出身はどこ?』と聞かれると、ニヤけながら『ウクライナ』 と、ジャングルハンマーで脳天をブッ叩かれたような返答をするブラジル人
なんなんだろう、このタモリの法則は・・・
「違う!お前のようなブラジル発音のポルトガル語を話すウクライナ人はいない!」
心の中でこんな雄叫びをあげるのが、この時の俺には精一杯だった。 そして人生30年、機内食を2段重ねにして食ってる奴を見るのは初めての経験でもあった。 しかも、奴は食べる前に両手を合わせて拝んでいた。
お前は一体、ナニ人なんだよ・・・
睡魔に襲われた曙が、窮屈そうに体の正面を通路に向けて寝始めた。 ちょうど映画も始まるので、俺はイヤホンを差込み、肘掛け上面に付いて いる、チャンネルボタンを押そうとした。
が、チャンネルは曙の背中の肉に埋まっていた・・・
仕方なく左を見ると、イヤホンに装着するスポンジの耳あてを袋ごと引き裂き、 そのままゴミとなったソレをイヤホンごと座席前部の物入れに捨て、返す刀で 『タカコ、ユキ・・・ノリ、ヨーコ・・・』とか、日本人の名前を微笑みながら俺に 連呼してくる悪マリオ。「誰の名前?」とか聞く気もなかったので「オヤスミ」 と言って数時間が経過。
突如、俺の肩を叩くウクライナ人(←違う)、何事かと思い、奴の方を向くと ニヤリと笑って、『トイレに行く』と告白される。そして次に奴が指差す先を見やると 動かざること山の如し。眠れる曙が道を塞いでいる。つまり、この刺青獣をクリア しなければ便所には行けないというアトラクションなのである。
俺は奴の指示通り、靴を脱いで自分の座席に立ち上がった。そして、奴は思い 切り土足で俺の座席を踏み、両手で座席を掴んで、一気にK点(曙)越えのジャンプ! 刹那、奴の膝がジャンボ鶴田のジャンピングニーよろしく曙の顔面にヒット!
すわ、男祭りか!?
と思われたが、曙は自分の頬を2、3度撫でただけで、意にも介さない居丈夫振り。 つまり、飛べない豚はただの豚なのか?(意味不明)
でも、何で俺一人でハラハラしてるんだろう。攻撃を加えたアイツは何事もなかった ように便所に行ったというのに・・・
そして、テイクオフから11時間後、アムステルダムに到着
『ガンバレよ!(ポルトガル語)メーン!(英語)』
と言って俺の前から姿を消したボボ・ブラジル あの時は茫然と見送る事しか出来なかった俺だが、今なら言える
「お前がガンバレ!」 2005/2/4 巴戦俺の目の前に、元横綱の曙を一回り小さくしたような男が座っている。 体重は130キロはあるだろうか。とにかく俺が一つだけ言えることは
「お前はエコノミーに座るな!」
そして、窓側には恐ろしいほどの悪人面をした髭のアラブ人が座っていた。 しかも、席から2つ離れたところまで漂う、奴の放つ体臭は筋肉番付風に 言うなら2枚抜きなのである。
その真ん中に座らなければならない俺は、「これってDO(ドゥー)なのよ?」 という疑問文を手の平に書いて飲み込む事しか出来なかった。
電気椅子に座らなければいけない大泉晃のような気分で席に着くと 俺の隣の極悪スーパーマリオが、ブツブツ独り言を言っている。 どうやら、俺達の所だけ冷房が壊れている模様。
暑い、そしてクサい・・・
離陸後、飲み物とスナックが運ばれて来ると、先ず極悪面に菓子と飲み物 を渡すパーサー。そして、俺、曙の順に菓子と飲み物が行き渡るやいなや
『この菓子、もう一個ちょうだい!』
と、電光石火で食べ終わった菓子袋を逆さに振りながらパーサーに注文する 極悪髭。そして、パーサーが『お腹空いてるんだね!』と、もう一袋差し出すと
『死ぬっ!ハラへって死ぬっ!死ぬっ!死ぬっ!』
と、死ぬを連呼して袋を奪い取るヒゲゴジラ。うん、怖いよ、お前・・・
嗅覚も麻痺し始めた頃、俺と話し始めたアラブ人は実はブラジル人 だという事が判明。しかも俺の住むポルトに昔住んでいたらしい。 嫌が応にも話が盛り上がってきた折、曙がこっちを覗き
『もう24時過ぎてるけど晩飯って出るのかな?』
と聞いてくる。(ちなみにこれがフライト中に曙と交わした唯一の会話)
『食事出るよ!もういい匂いしてきてるよ!ラララララー♪』
と、ブラジル人。お前は、もっと自分の匂いに敏感になれ!
つづく 2005/2/3 土俵入り『欧州からの復路の航空券がないとダメ!』
荷物がたった3キロオーバーしただけなのに、論点を挿げ替えて 俺を飛行機に乗せないと言って来たKLM航空で働くタイ人の オバちゃんとの戦いのゴングが鳴った。
「住んでるから関係ないよ」
『じゃあ、証拠を見せて!』というので社会保険や銀行のカードを見せてやる。
が
『これはニセモノかもしれない!』
「いや、本物なんですけど・・・」
そこに、オランダ人の職員が登場。刹那、鬼の首を取ったような得意気 な笑みを俺に放つババア。そして
『日本のパスポートだから問題ないよ』
と、言い残してオランダ人は去っていく。これで形勢逆転 かと思われたその時
『でも、私は認めない。労働ビザを出しなさい!』
「だから、お前は何者なんだよっ!ビザは弁護士に渡したって言ってんだろっ!(ウソ)」
と、見送りに来ていた従兄弟と相談女(過去ログ参照)までエキサイトしてきた ので、それをブレイクしながら1時間ほど戦い続けようやくチケットが発券される。
『早くっ!もう搭乗時間なんだから!急いで!荷物は17キロ以下?』
「オメーのせいだろうがっ!しかもさっきまで20キロって言ってたじゃねーかよ!」
という言葉を飲み込んで、免税店でタバコを買う暇もなく(買ったけど) 急いで搭乗口に向かった。
そこに、満面の笑みでさっきのババアが登場。
『良いフライトを!』
「え?・・・あ・・・うん、ありがと・・・」
戦いの後に愛が芽生えたのかどうかは定かではないが機内へ
「69のB・・・、チッ!真ん中の席かよ」
窓側か通路側かを選んでる時間もなく、ギリギリで発券されたので こんな事態になってしまったのである。
そして、69列にたどり着き、69Aと69Cの乗客を見た瞬間、このフライト が過酷なものになるであろうという事を己の第六感が捉えた。
つづく 2005/2/2 チェ・ゲバラ言わずもがな、キューバ革命の指導者である。キューバ解放後も ラテン・アメリカの解放を目指し戦い続け逝去。南米のみならず 世界的なカリスマでもある。
『僕、チェ・ゲバラになるよ!!まずはどっかを解放させれば英雄だなあ』
タイから日本に帰国できないのを分かっていながら、旅行代理店で札幌行き の運賃を尋ね、11万バーツ(約30万円)と法外な値段を言われた後、驚い て画面を覗き込むと、行き先がサンパウロ(サッポロとサンパウロ・・・いや、考える のはよそう・・・)になっていた従兄弟(しつこいが42歳)がそう叫んだ。
「なんで?」
と、俺がわんこそばを継ぎ足すようなリズムで聞き返すと
『僕にはラテンの血が流れてるんだよ!絶対!』
と、気分が高揚している時のサインである、片手で自分の胸を 揉み始めるというアクションを起こしながら言い切るので、能書き を聞いていたが、解放しているのは自分の本能だけということに 気づく日が、日本の文明開化の夜明けのような気がしてならない。
『帰っちゃうの寂しいよなあ!次はいつタイに来るの?』
「早くても夏だね。でも、次の休みはトルコかブラジルに行く予定だけど」
『そっか、夏か!2ヵ月後だね!!今度来たら女の子10人紹介するから!待ってるよ!』
「あ・・・ありがとう・・・」
っつーか、2ヵ月後って・・・それはタイの真夏だって・・・
『今度来る時までに僕もその10人の中から新しい彼女作っとくから』
「うん、それは俺には関係ないって」
でも、今年の夏休みもタイ行っちゃおっかな・・・
そう思ってしまった俺の本能は解放されてしまったのだろうか?
そんな疑問を胸に、俺は空港に向かった。 2005/1/31 ポツダム宣言『雪が見たい・・・』(日本語)
北海道出身の従兄弟がタイ人みたいな事を言い出した。
日本にいると周りの人に迷惑をかけるという理由で、タイに 軟禁されている為、自分の意思で日本に帰る事は許され ていない。そして、かれこれ3年以上雪を見ていないのである。
そんな従兄弟と取引仲間の社長と食事に行った。 昼間からビールをしこたま飲まされて会食を終えると、1時間後に は客との商談が。すでに、ほろ酔いになっている従兄弟に友人が
『大丈夫?』(タイ語)
と聞いてくる。そして、辛そうな顔でその問いに
『僕、頭が悪い・・・』(タイ語)
と、答える従兄弟。本人は、頭が痛いと言うつもりだったのだが、 酔いで頭が回転していなかった結果である。周りの人間が笑い を堪えることができなかったのは言わずもがな。
商談を終え、夜になっても具合の悪そうだった従兄弟は、トイレで戻す と言って席を立った。もう今日は早く寝たほうがいいな、と思って待って いると従兄弟が戻ってきて
『治っちゃったよ!お腹すいたなあ!夜になると元気が出ちゃうよ!遊びに行こっ!』(何語?)
という言葉を引き金に人体のメカニズムを無視する気持ちで某有名レストランへ 店内には日本の現首相が来店した時の写真パネルが飾ってあった。
トムヤムクンもカニチャーハンもまずまずの味であったが、プーパッポンカリー (カニと卵ののカレー炒め:殻なしを注文)は少し油っこかったが絶品であった。 9割がた平らげ、残りのカニチャーハンをスプーンでかき集めていると、 中から今期2度目のフライドゴキブリが登場・・・
『大丈夫だよ!火が通ってるから!ゴキブリ食べて3人奥さんがいる人もいるしね!』
と豪語したくせに、それ以降スプーンに手を伸ばさない従兄弟。 まあ、髪の毛やどっかの毛、そして虫類が混入していることは東南アジアでは文字通り 日常茶飯事なのだが、仮に総理に謝罪するときは『アイム 総理ー!』なのだろうか? 自分のココロがなんだか痛いけど、とにかくダメだよそんな日常・・・
そして遊び終えて家路についていると
『さて、明日は何しよっか?僕に任せれば、タイ楽々安心ツアーやっちゃうよ!? 秘密のアユタヤツアーにしよっか?それとも、お菓子の島行っちゃう?あ、ナンパも いいかもね!デザートとか食べちゃってさあ!』
「いや、俺明日帰るから・・・」
そんなわけで今宵、雪降らぬポルトガルに帰国 2005/1/26 ザ・リガニーズ気が付くと俺は、こじんまりとしたスナックのカウンターに座っていた。
他には駐在員と見られる日本人男性が数人座っている。 俺の横には従兄弟がなぜか椅子に座らずに立っている。そして、その頭 には黄色い毛のフサフサがついたヘアバンド、そこから2本の角のように 天に向かって突き出ているバネ、その先端にはタンポポのような黄色の フサフサがあり、そこには蝶の飾りがとまっていた。
『この店は英語の曲が沢山入ってるんだよ!ほら!分厚いでしょ!』
と言って俺に英語の選曲本を渡してくる従兄弟。 ここで、ひとつ言っておきたいのは、俺はカラオケが好きじゃない上に、英語の 曲を歌いたいとも言っていない。そして、分厚い本を開くと、半分以上がタイ 語の曲だったということも付け加えておく。
早速、『WILL』とかいう歌を熱唱する従兄弟。しかも、本人曰くちゃんと聞いた 事がないらしく適当に歌っていた。他の客の目も気にせず、立ってクネクネと踊り ながら、『決戦は金曜日』、宇多田ヒカルの曲という順で3曲連続で歌いきる。
隣のハゲたおっさんも、それを見て火がついたのか、『亜麻色の髪の乙女』 『ドリフのズンドコ節』で応戦。
結局、英語の曲は古いのしかないのが判明し、しょうがないから日本の 選曲本を手に取ったが、従兄弟に却下されてまた英語の本を持たされた 俺が『Donna Donna』を悲しい気持ちで歌った。直後
『この曲はいい曲だから覚えたほうがいい!僕が歌うから覚えな!』
と言って、もう一回、聞いたことがないと言っていた『WILL』って歌を熱唱 後、従兄弟のギアが最速に入った。
『いってきまーす!』
と、叫んだかと思った時には『つっぱりハイスクールロックンロール』が始まっていた。 間奏の間に、俺に向かって『ファンキー モンキー ベイビー』をすぐ歌えるように 選曲することを命じる。
その後、『完全無欠のロックンローラー』あたりで俺も他の客も笑いを堪え きれなくなってきたが、その後も『TRAIN-TRAIN』、『RUNNER』と連続5曲 連続でリサイタルを続け、酸欠状態で6曲目の『モニカ』を歌っていると、 『カセットでかき消したよ』という部分を
『カケキキクケ・・・』
と、撃沈。が、歌ってる途中で
『楽しーーーーーーーーーー』
と叫んでいたので、致命傷ではなかったようだった。
結局その後もリサイタルは続き、俺が良く眠れるようにとの配慮からか
『ギザギザハートの子守唄』
で完走。遂に最後まで彼は一度も椅子に腰を降ろすことはなかった。
全く関係がないが、絆創膏(バンソウコウ)をサビオっていうのは止めてください。 2005/1/25 二人のタイランド俺の記憶が正しければ、確かに従兄弟はこう言った。
『今日はお菓子の島に行こう!』
「・・・えっ?椰子の木とか家とかがポッキーとか、きのこの山とかでできてるの?」
と俺が聞くと
『ハハハ、そんなはずないじゃん!多分絶対、島中でお菓子を作ってるんだよ!』
「また、多分絶対か・・・」
と、俺がひとりごちていると
『とにかく行こう!バンコク市内だから、すごく近いから!』
という言葉とともに市バスを乗り継ぎ1時間半後、ある町に到着 早速、クレット島行きの船着場を探すために聞き込みを開始
が、最初に聞いたおばちゃんに
『えっ?プーケット!?』
と、ドリフのバカ兄弟を見るような目で言い放たれる。 結局通じないで困っていると、それを見ていた中学生の女の子に
「ケッ(クレットのタイ発音)島のことじゃない?」
と助け舟を出され、なんとか船着場へ そして、数種類あるうちのどの船に乗るのか従兄弟に聞くと
『あの女子中学生の集団に着いていこう』
という法案が、まかり通り、彼女達と30人乗りの船に乗り、20メートル 先の対岸に到着。早速数軒の屋台の中にお菓子を売ってる店を発見。 が、それはバンコク都心でも良く見かけるマズいヤツだったので無視して ソンテウ(乗り合いトラック)に乗っている地元民に話を聞く。
島民『どこに行きたいの?』
従兄弟『どこでもいい』
島民『・・・・・・・・・』
従兄弟『町の中心はどっち?』
島民『この道を5分くらい歩けば行けるよ』
といったやりとりをして、俺達は歩き始めた。が、10分以上歩いても 田園風景が続くだけなので、走っているソンテウを止めて飛び乗った。 それから20分位乗っていたが、店という店は一軒もなく片側2車線 の大通りへ出た。そして、結構な量のタクシーを見て
『何で島なのにタクシーが走っているんだろう?』
と呟く従兄弟。そして川の流れのようにソンテウに乗り続けること30分 終点だといって、何もない砂利道で降ろされる俺達。そして運転手に
『この先には何があるの?』
と聞くと
『いや、何もない』
と言い放たれ、元来た道を戻ることにした。
『ねえ、僕達どこにいるんだろう?』
「いや、そんなん俺が知りたいよ・・・」
結局、俺達は島ではない対岸に渡って、菓子を口にすることもなく 意味のないドライブをしただけだった。
『しょうがないからベトナム料理でも食べに行こう!』
「いや、ベトナムから戻ってきたばっかりだから食いたくない・・・」
その言葉を最後に、疲れきった俺達は帰りのロット(乗り合いワゴン車) で、赤子のように眠った。 2005/1/23 マッスル北村初日の夕刻
昨年暮れ、スマトラ沖地震があった直後にタイを旅立ったので、従兄弟 との会話が自然と津波の話に移行。
『僕のプーケット在住日本人の知り合いも行方不明になったし、タイ人も 連絡取れなくなちゃったよ。本当に津波の被害にあった人達には気の毒な 気持ちでいっぱいだよ・・・』
と従兄弟が語り、「普段は遊ぶことしか考えないで訳の分からない事言ってるけど 本当はこう見えて色々考えてるんだなあ」と心の中で関心しながらしんみりとした ボルテージでマッサージ屋に向かった。
マッサージ屋で、いつものように年齢を偽称した後、マッサージ師と世間話 を始める。そして、マッサージ師が、日本語は覚えたいけど難しい・・・といった 事を言った刹那
『日本語なんて簡単だよ!僕が教えてあげる!』
『本当に?ありがとう!』
『じゃあ、教えるね~、ツナミ!ワハハハハハハ!』
と、枯葉剤を投下するような発言をする従兄弟
俺のバカッ!前言撤回!
そして、その後一軒のBARに向かい、タイ人なのに英語を喋る子に話しかけ られる。従兄弟はタイ語は喋れるが、英語が苦手なので、タイ人なのに英語を 喋るその子に、英語じゃなくてタイ語で喋ってよ!という事を英語で伝えていた。
その内容は以下の通り
『Why you can speak English?』 (「何で英語で話しかけてくるの?」と言ったつもり)
そして、立て続けに
『Why you can speak Thai?』 (「何でタイ語で話さないの?」と言ったつもり)
という言葉を浴びせかけたが、彼女からの返答は
『メニチャーム!』
それを聞いた従兄弟が俺に
『ねえ?メニチャームって英語でどういう意味?』
と聞いてくるので
「いや、そんな単語知らない。新手の生理用品かな?」
と答えたら無視された・・・
結局、『メニチャーム』はメニータイムだということが判明
何の解決にもなっていないが、その後も二人は英語で話し続けて いた。が、結局会話にはなっていなかった・・・ 2005/1/21 マイケル富岡寒い
昨日の朝、起きると掛け布団代わりのシーツがマフラーのように 首にグルグル巻きになった状態で目が覚めた。 そんなハノイの朝の気温は13度(俺の体感気温) 最後の朝食を取りにホテルから徒歩2分の場所にある、ハノイで 一番ウマイと噂のフォーを食べた。そして、腹八分目という状況下 俺の母性本能が目覚めた。ホテルを素通りして15分後には 鶏おこわ屋でさつま揚げ入りのおこわを完食。
暑い
バンコクのドンムアン空港に到着し、外に出た瞬間、まとわりつくような 生暖かい外気に触れてゲンナリする。この時の体感気温は30度。 地球に体を弄ばれているような気分でエスカレーターを登り、出発ロビー からタクシーに乗り、従兄弟の家へ向かった。
再会直後の告白によると、家賃が払えなくて、金が振り込まれるまでアパート から8日間家出していたらしく、アパートの管理人には入院していたという事に なっていたらしい。その8日間の話(残念ながらプライバシーの問題で書けないが) で腹がスカイホッピングする程笑わせてもらった。
その言葉に勇気をもらった俺は、飛行機のチケットが取れないという理由 で、月末までタイにいることを決意。
というわけで、初日夜からやらかしました・・・
つづく 2004/12/28 旅っこどうぶつ先日、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、ブルーハーツの順番で 従兄弟が第2回カラオケ祭りをスタート。スタートから連続 3曲唄った後、デスティニーチャイルドの曲を入れて、
『僕、この歌好きなんだよね』と言って
俺に無理矢理唄わせようとしたり・・・っつーか唄えるかよっ! といった趣で2時間の拷問を食らいました。お疲れっス、俺。
その数日後、従兄弟の友人の日本人の女の子2人と食事に行った。 ビール2本くらいで酔いはじめた従兄弟は、オヤジギャグを連発。 そして、
『そんなんダメッ!絶対王様にコアラれちゃうよ!(訳:怒られちゃうよ)』
と、片手で自分の胸を揉みながらロレツがまわらなくなり始め、
『あー、エッチしたい・・・』
と女の子の前で、無意識に空前絶後の独り言を発射。
挙げ句の果てには
『みんな静かに!静かに!大事な話をするから聞いて!』
と言った直後、全員が従兄弟に注目。
が、次の瞬間
『あれー、何言うか忘れちゃったよー』
一同「・・・・・・」
さて、書いてないことが山ほどあるけど従兄弟との物語もとりあえず終了。
年末を日本から来る友達と過ごす為にフィリピンに到着。
で、ベトナム周ってバンコクには来月中順に戻る予定。 2004/12/27 虎舞竜今年、我が人生で最悪のクリスマスを迎えることに成功セリ
日中、買い物に付き合わされ、3時間階段に座って待たされる。
夕刻、屋台の生キャベツからイモ虫が登場。 従兄弟が辛いタレを『実験、実験!』と言いながら虫にかけて殺害。 その後、食欲がメッコリなくなった俺の隣で何事もなかったように キャベツを食す師匠。
その後、屋台の女の子に『彼の精神年齢は7歳』と言い放たれる42歳 従兄弟がカッコいいディスコを知ってるというので行く事に が、そこは高級娼婦のいるBARだった。 しかもドレスコードで入れなかった俺を待たせて1時間くらい 戻ってこないというスパルタ教育を受ける。
ここでイヴが終了・・・
そして、帰宅後午前2時に就寝。
が、なぜか眠れずに4時半頃起床する男闘呼組
リーダーの『納豆食べようよ』という脈絡のない発言から、 不味い日本酒で乾杯しながら米無しで納豆を食べる。
そして、従兄弟が読んでいた雑誌に乗っている数人の女の子 を指差して
『この中でどの子が一番好き?』
と俺に聞いてくるので、それに答えると違うページの女の子を 指差すというのをエンドレスワルツで繰り返す。
そして気づけば朝7時
そのまま9時から仕事連れてかれました・・・ |
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