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2006/7/26 スイカ頭7月初旬
同学年のイチロー選手が夢を売って金を稼いでいるころ
オレは仕事を辞め、油を売って1円にもならないことを考えていた。
とりあえずバルセロナに行ったオレは一軒のBARでビールを飲んでいた。
オレの他には酔っ払いのジイさんが一名。そのジイさんが発する独り言
をBGMに通りの喧騒を眺めていると
『日本人?中国人?』
という質問をオレに浴びせかけてきた。
日本人だ、と答えると
『パパ(ローマ法王)がスペインに来てる。
アイツはおべんちゃら野郎だ!ブッ(口で鳴らした音)!』
取りあえず無視していると
『ダメだ、もうスペインは!ダメなんだよおおう!ブッ(口の音)!』
さらに放任主義を貫いていると
『日本人?中国人?ブッ(屁の音)!』
3段落ちに思わずビールを吹き出してしまったオレは
レバノン人の従業員に会計を告げた。
その夜、友人と外を歩いていると2人のフランス人
の女の子に声をかけられた。
『ハーレムジャズクラブってどこにあるか知ってる?』
「もちろんだよ!今オレ達も丁度行こうとして
いたんだYO(ウソ)!一緒に店まで行こう」
と告げた後、友人と
「オレ一回シャワー浴びに帰るからよ。ダッシュで戻ってくるから!」
『きたねーよ!オレもシャワー浴びに帰るから先いっててください!』
という仲間割れを開始した刹那
近くで立小便をしていた男2人が笑顔でオレ達に寄ってきて
小便絞りたてホヤホヤの右手をオレ達に差し出した。
『あ!彼らがハーレムジャズクラブの場所教えてくれるって!
ところであなた達って日本人?中国人?』
「に・・日本人・・・」
『ニーハオ!』
その男連れのフランス女史に
「ちげーよ!」
と突っ込む事も出来ずに
夜は更けていったのです。
もちろんハーレムジャズクラブなんかに
は行くワケもなかったのです。 2005/8/7 ナーもう夏休みがイシュウカンモオワチャタ
じゃないですか!
というワケで先週のダイジェスト
8月1日
ビール祭りに行った。
いらないビール祭りTシャツを3枚買って
着替えたり、あと・・・そうだ!ビール
を飲んだりしました。
8月2日
ビール祭りの後遺症を残したまま朝4時起きで
リスボンへ。カステラ屋の場所をインフォメーション
で聞いたが、ウソを教えられ滞在時間の9割をムダ
にさせられる。その後、バルセロナが強風雷雨だった為
飛行機が果てしなく揺れ、辞世の句を詠みかける。
到着時刻が大幅に遅れ、天候も悪かったのでフィエスタは
中止。睡眠不足だったのでダ・ヴィンチ・コードを
読みながら寝て、明日に力を貯えるつもりが朝までかけて読破。
その頃アキラがブラジル女とサルサを踊っていたなんて・・・
8月3日
朝8時からバルセロナ在住の友人達と旧交を温める
ツアーを開始。みんな仕事中だったので、あまり
かまってもらえなかった。仕方が無いので
翌朝5時まで痛飲。
8月4日
予定通りの二日酔いでアムステルダムで迎え酒。
タイ行きの飛行機ではいつも通り一睡もできず。
まあ、1時間くらい寝たけど。
8月1日からここまで1勝3敗。後半戦の巻き返しに
期待したいところですね。
8月5日
タイに行く前に従兄から一通のメールが
『いよいよタイに来るね!
新しい布団買っておくから!
また、新しい物語を作ろう!』
アレ?このブログ読まれてる?
という事で、もう更新できません。
いや、まあいっか。
次回タイ編は大変(ゴメンナサイゴメンナサイ)
2005/4/19 将来像スペイン滞在時、数人の日本食料理人のオッサン達に出会った。
そのうちの1人は
『日本に帰れば俺には300人の弟子がいる』
というのが口癖の50代のオッサン。彼は中国人経営の日本食 レストランで冷凍の秋刀魚を焼いていた。そして若い語学留学生 の日本人の女の子をストーカーのように付け回し
『お前に似合う服を見つけた!同じのを2着買ったから今から届ける!』
という電話をしたり
『若い子はレストランでメニューを選ぶのとか苦手だから俺が選んでやるよ。 ママ!彼女にオムライス作ってやって!若い子はオムライス大好きだから!』
と、俺の知り合いのオバサンが経営する日本の惣菜を出すカウンターBAR に若い日本人の女の子を連れて行き、カウンターで席を2つ離されて座られ たりしていた。
『俺は嫌なんだけど、若い女の子にモテちゃってさあ!ついついメシを 奢ってやっちゃうんだよ!』
と言いつつ数人の女の子のアパートの家賃まで払ってやっている事実 は皆が知るところである。
もう1人のオッサンも紹介しておこう。
彼がスペイン到着間もない頃、初対面の俺にいきなり
『この辺はどこでオ○ンコできるの?』
というクエスチョンを放ってきた50代のオッサン。 自慢は、NYの日本食レストラン 『NOBU』から誰かが盗んだ テリヤキソースのレシピを数万円で買ったこと。
そして、そのテリヤキソース。どこをどう間違ったのか狂暴なほどマズイ。
『これは大人気なんだよ!みんな美味しいって言うんだよ!俺のレシピ!』
と言ってカニカマで作ったカニクリームコロッケ(しかもベシャメルの作り方も 家庭式の小麦粉降って炒めたもの)を自身満々に俺に教えてくれた。
メニュー名は 『SHOGUN』 『SAMURAI』 などがあり、 さらには 『GEISHA』 なんて物まで作っていた。
が、内容は寿司とから揚げのセットが将軍で、から揚げがヤキソバに 代わると侍とか、聞いていてこっちが恥ずかしくなってくる内容のお粗末さ なのだが、新商品の 『SHINKANSEN』 を発表された時にはビックリマン チョコを買ってシールだけポケットに入れてチョコを捨てそうになったほどだ。
そのレストランで働いていた友人が言うには
『ひどいんスよ!いきなり肉を渡されて 『これっ!フィーッ!』とか言われ るんですけど何したら良いか分からないから戸惑っていたら 『最近の若い ヤツは!これだからダメだ!』って怒られました・・・。もう辞めますこの店・・・』
ところで、客で行っている俺の事を 『ポルトガルの大将』って 呼ぶのはやめてください。なんかカッコワルイよ。
そんなオッサンがある日
『店のカウンターをもっと低くしてサ、厨房にオッパイの大きい子に小さい Tシャツ着せて沢山働かせてサ、お客さんが喜ぶ店をやりたいんだよネ。 絶対流行るヨ!ポルトガルでもやりナ!これが俺の夢なんだよネ!』
と夢を語ってくれた。それから数ヶ月後、オッサンはベネズエラに帰っていった。 夢は叶ったんだろうか?南米のチビッコ達の為にもどうか叶わないでいて欲しい。
と、前置きが長くなったが今回紹介した彼等の共通点はスペインで テレビに出演しているという事。前記のオッサンは
『いやあ、俺、テレビなんか出たくねえんだよ!』
と言って、収録当日に床屋で散髪して自慢しに惣菜BARにやってきた。
ベネズエラのオッサンはハゲだから散髪は出来なかったが
『俺は大卒だから、そこら辺のバカ料理人とは違うんだよ!』
と自慢気に俺に語ってくれた。でもオッサン、俺高卒なんですけど・・・
で、放送を見てみると
『材料は日清のヤキソバ、キャベツ・・・』
と、スペイン語が話せないオッサンに代わって通訳が材料を説明。 その時オッサンはインスタントラーメンの袋に入ったヤキソバを緊張 した面持ちで手に取っていた・・・
そんなワケで俺はヨーロッパでテレビに出るのは真っ平ゴメンなのである。 もし俺がテレビに出たら、確実にあのオッサン達のような将来が待っている ような気がしてならない。そうでなくても寿司とか作って確実に近づいて いっているのに・・・
でも俺、嫌いじゃないです。こんなオッサン達。 2005/2/14 旧正月5(最終回)知り合いに聞いていたアドバイスを思い出した。 中国人を誉めるときに、『さすが中国四千年の歴史!』と言うと 『いや、五千年だ!』と言われるらしい。
なんのアドバイスにもなっていないが、俺も試しにオーナーにお世辞を 言ってみた。すると『五千年じゃない、六千年だ!』と、さらに千年 増えていたが今更こんなことでは驚かないですよ、中国人さん。
仕事初日のラストオーダーも終え、何もする事のない軟禁状態のアパート に帰る途中でワインでも買っていこうと思っていたが0:30を過ぎている現在 この田舎で開いているBARはどこにもなく、諦めてぬるい水を飲んでから シャワーを浴びに行くと、馬のいななきのような声を出しそうになった。
浴室の床で10匹以上のゴキブリが集会をしていた。別にそれほど嫌いでは ないが(嘘です大嫌いです)、数の多さに度肝を抜かれ、神に自分の境遇 を嘆きつつ、ファーブル気分でシャワーを浴びると素敵な事に水しか出なかった。
「ここは東南アジアか馬鹿野郎!」と怒鳴ってシャワーを床に叩き付けるほどの 荒くれ者ではない俺は、レインボーマンの主題歌を頭の中の有線にリクエストし インドの山奥で修行を終える事に成功。
その後、自分の部屋に戻りゴキブリを探したが、部屋にはいなかったので とりあえず今日1日の悪夢を記録。すると、突然隣の部屋から俺の名前 を叫ぶ剛。何かと思い急いで隣の部屋に行くと、エメラルドグリーンのブリーフ 一丁で、俺に中国の雑誌を見せる。
奴が指差した先には『新鮮』という文字が・・・
脳溢血になりそうになりながら0.5秒で部屋に戻り、窓の外を見る。 そういえば再確認させられたことが一つある。このアパートの鍵は一つしかない。 さらに外にはインターホンもない。つまり、出かける時も戻って来るときも、健やか なる時も・・・まあいいや、とにかくずっと3人で一緒に行動しなくてはならない。 『新鮮組 IN アルカトラズ刑務所』 って新番組なのかよ、コレは・・・
それにしても、仕事・昼寝・仕事・就寝で10年も休まずに働いてる中国人のタフさ には父ちゃん恐れ入った。が、俺は中国人になれなくてもいいから外出させてくれ。
翌朝、来週には扉が壊れるだろうという勢いのノックを合図に仕事に出発。 準備中にオーナーから『鉄板焼きを見せてくれ』と言われる。 客席の前にでかい鉄板があり、そこで何かを作ることになった。
が、先ずオーナーが言ったセリフは
『そのヘラを手でグルグル回して見せてくれ』
というオーダー
「は?そんなもんハワイじゃないんだから普通やらないよ。」
と、言うと『TVで見た』の一点張り。とにかく出来ないと言うと
「お前は本当に料理ができるのか?」
と言われ、温厚な俺も思わずオーナーに雪崩式フランケンシュタイナー を食らわせてやろうかと思うほどの限界ラヴァーズになってきた。
『じゃあ、これを焼いてくれ』といきなり冷凍舌平目を渡された。
『TVでは、何か粉みたいなものをつけていた。あれは日本の物か?』
と聞かれ、「小麦粉だ」と答えると『いや、違うと思う』と長嶋カンピューター みたいなことを言い出したので、「料理の基本だ」と一喝し、とにかく解凍 して下準備をして焼き始めた。すると
『そのヘラで一瞬でガッ!とヒラメの身を骨から滑らせて取ってみてくれ。 そして、それを皿までホイップしてくれ』
とアクロバットクッキングを要求。
「そんなの普通やらないから、やったことない。」と言っても
『TVで見た、日本人がTVでやってた!』
とマル暴株式会社のようにしつこいので、尾の方からスライドさせて身だけを 外しホイップなしで皿に盛りつけた。で、焦がしバターのソースを上からかけると
『日本料理はバターは使わない。私達はバターを使った魚なんて食べれない』
と言われたので、ゴミ箱行きを危惧した俺が、己の胃袋に収納することに。 ちなみに奴等は炒飯とイカとキャベツの炒めものを食っていた。 とにかく、そのTVに出ていた日系ハワイだかなんだかわかんない奴も泣かす リストに加えることを決定し鉄板は終了。
2日目の昼も終わりトータルで来た客は8組20人程度、暇過ぎる。 昼も終わり、着替えて帰ろうとすると、スターウォーズに登場している ジャー・ジャー・ビンクスと同じ顔をしたオーナーの女房に
『仕事ない、暇。君は家に帰る事ができる』
とヘタクソなスペイン語でクビを宣告され、1日半分の給料を握らされた。 自分から言おうと思っていたことを逆に言われ、嬉しいはずなのに何故か負けた気がした・・・
P.S 『夜空のムコウ』弾けるようになりました。 2005/2/13 旧正月4自分の部屋の扉を斧で叩き割るような物凄い音がして目が覚めた。 こっちに引越して来た途端に時計が拒絶反応を起こしたのか、針が 止まってしまい何時だか分からない。
ジャック・ニコルソンでも襲ってきたのかと部屋の外に出ると、奴等が 階段を降りていく音が聴こえる。さっきのはノックで、それが仕事の 合図だという事はボンヤリ理解できたが頼むから何か一言言ってくれ! 俺が悪かったら謝るから・・・
支度をして開けっ放しにしてあった玄関のドアを閉め、奴等に遅れること 5分ぐらいで出発。そしてまた20分近くかけてレストランに戻った。 途中で俺に抜かれたナマズが店に入って酔っ払った犬のような掃除を始め 日本料理人の剛は厨房でザーサイを食っていた。
ふいに日本製のいなりずしの揚げが入ったパックを俺の目の前に右ストレート のように突き出し、『新鮮』という文字を指差し満面の笑みを浮かべ頷く剛。
多分、日本語と中国語の共通点を見つけたんだろう。俺が濡れたシンクに「同」 という文字を書くと、頷いて『好』と書いた。それを見た俺が「ハオ!」と声を出すと 『ハオ!』と答えてくれ、なんだか俺達の間の万里の長城が崩壊してきたような気 がしたが、俺が次にする筆談を考えている間、奴はずっとザーサイを食っていたので 何か知らんが無性にムカついてきたので便所で一服することにした。 (でも、ツッパリじゃないから外で吸いました)
しばらくしてオーナーがやってきて
『何か日本食を作ってくれ、うまかったら店のメニューにするから』
というので豚肉を使った料理を作ってやると告げると
『いや、スペイン人は豚肉が好きじゃないから他のものにしてくれ』
と、意味の分からないことを言われ
「じゃあ、豆腐料理は?」
と聞くと同じ理由で却下。結局、スペイン人は牛肉が好きだということで 牛肉料理に決定(全て勘違い)。じゃあ、ダチョウってなんなんだよ・・・
仕方がないので、シンプルに牛肉のくわ焼きを作ってみた。そして、まかない の時間にみんなでそれを試食するもんだとばかり思っていた俺に衝撃が走った。 雑技団のメンバー達は、おかゆにザーサイを乗せて、さらにおかずとしてキュウリ の味の素和えを従えて美味そうに平らげていた。
結局俺の作った料理は次の日の昼に入店するまで厨房に置きっぱなし。 誰も手をつけていないそれを最初に発見した俺が、元南海のバナザードが バットを叩き折るような勢いでゴミ箱にストラックアウトすることになった。
その後、オーナーにメニューの誤字脱字の修正を頼まれたが、タモリ倶楽部 のように適当に終わらせ、オーナーの所に添削したメニューを持っていくと
『グゥーテンモール、グゥーテンモール』と変な言葉を連呼するので「はぁ?」と 何度も聞き返すと、どうやらドイツ語ではなく『五点盛り』の事を言っているの が分かり、どこで騙されたのか、でかい味噌汁のお椀を持ってきて
『これに刺身を盛りつけるのがGOTENMORI(五点盛り)の本当のやり方だろ? 業者が言ってた。新しく買ってきたから今夜からこれを使おう!』
と、五点盛りの意味はとりあえずキャトルミューティレーションした俺は 何の反論もせずにそれに六点盛りつけることに合意した。
さらに、中国語で書かれた『豪華日本食レシピ』という本を持ってきて、先ず俺に 見せたメニューは餃子なのだが、海老が丸ごと1匹餃子に入っていて、頭と尾が 餃子の皮を突き破って外に出ている。それを油で揚げたものが日本の食事として 公開されていたり、カレーライスやカツ丼が豪華だということを初めて知ったりした。
この本の極めつけは、このレストランのメニューにもなっていて、直訳すると 『東京特別飯』なのだが、ただのオムライスで、オーナーがオムライスの表面 に入れられた十字の切り込みをその本で見た際、彼の美的センスに訴えか ける物があったらしく即採用になったようだ。
さて、実際にどう作ってるかというと、まず薄焼き卵を焼き、その上に白飯を乗せる。 卵で適当に包んでラップを巻き冷凍庫へ。注文が入ると電子レンジで解凍。 包丁で十字に切りこみを入れ、ケチャップをかけてできあがり。
この本を書いた日本人はウイグル自治区あたりで虫歯になればいい。
次回最終回(長くてスミマセン) 2005/2/12 旧正月3『パリーン!』が先か、『アイヤー!』が先か、ナマズが皿を落として割った。
皿を拾うのを手伝ってやると、『ノー、ノー』と手伝わなくて良いというア ピールをされたが拾ってやると、『謝々!』と感謝を述べられる。 「細かいことだけど、グラシアスぐらいはスペイン語で言えよ」と思っていた が、気付いたら向こうのペースでこっちが「謝々」とか言うようになっていた。
まだ半日なのに、もう4つぐらいの中国語コミニュケーションを会得した俺は 自分が驚いた時「アイヤー」という日も近いだろうなと遠い目になる。
ところで、ずっと気になっていた事が一つあった。 何故、この店の寿司は四角いのか?この謎を解明する為、漂白しすぎて白くなった Gパンをはいて寿司を作っている、名前は五回くらい聞いたが忘れた、もう面倒なので 剛という名になった男のまな板の上を見ると、変なプラスチックのケースに寿司飯を強く 押し込み、それを逆さにして長方形のシャリが完成。それに少し灰色がかったマグロの 赤身の薄切りを乗せて立派な商品に・・・
って、コイツらは人様から高い金を取ってコノ野郎!しかも、各料理に添えられて いるおにぎり。ナマズが握ってる時、指の間から変な液体出てきてるし、握った後 に指で穴を開けて、そこにザーサイ突っ込むのはクックDOなんだよ? この瞬間、満期を待たずにこの店を辞める事を決意。
手が空いてきた頃、オーナーが市販のとんかつソースを持ってきて
『このソースを作れるか?買うと高いから』
と俺に聞いてくる
「いや、これは日本でも作ってる奴なんていないよ。(とんかつ屋は知らんけど)」
と答える俺
すると得意気な顔をして、変なプラスチック容器から俺の手のひらに褐色の液体 を垂らすオーナー。舐めてみると、それは紛れもなくとんかつソースだった。
『俺の弟が作ったんだ。スゴイだろ!』
ってスゴイよ!マジで!!でも剛、頼むからその技術を他の料理に活かして下さい。
そうこうしているうちに16時が過ぎ、ランチタイムが終わったので荷物を持って厨房の2人 と寮に向った。「ンー」とか「アー」とか言って方向を教えてくれる彼らに前後を挟まれて (何故か中国人2人の会話はなく、たまに笑いながら石を投げ合うのみ)縦列で歩いて いると石畳も何もなく、ここが街の外れだという事を再認識させられる程さびれている。
俺が「ここか?」とそれらしいアパートを指差すとナマズは嬉しそうな顔をして 『ウン、ウン』と頷く。が、それはただ頷いているだけで全く意味を持たない 行動だと判明。結局、辿り着いたのは店を出てから20分経過後。 歩くのが異様に遅いナマズは俺達の5分後に到着。
帰った途端、それぞれ部屋に入りドアを閉める。全く会話のないまま、指を 指された自分の部屋に入り荷物を片付けつつ、部屋を見回すと、ダブルベッド が部屋のド真ん中に置いてあって他には何もない。今時、ラブホテルでもベッドは 部屋の真ん中に置かないだろ・・・などと考える前に思考を停止。
10畳ほどのこの正方形の真っ白な部屋に何もないっていうのも結構気味が悪いが 何より両隣のDJが痰や唾を吐く時の音がサラウンドで聞こえるというのが最悪です。 19時半まで休憩だが隣の2人はこんな時だけスペインの習慣に忠実に昼寝を開始。 とりあえず、暇だろうと思って友達にクラシックギターの楽譜を借りてきていたので練習 することにした。開いてみると、中身はSMAPの『夜空のムコウ』だった・・・
やる気がどっとうせたので、左右に習えで俺も昼寝することにした。 2005/2/11 旧正月2スペインでは、昼食タイムは普通13時半頃から16時頃迄 夕食は20時半頃から23時頃迄である。
仕事当日のこの日最初の客は14時過ぎに来店。オーダーを取ってきた タイムふろしきのようなはっぴを着たオーナー兼ウェイター(鼻の下とアゴに ピアスの様に直径1.5センチ程のほくろがあり、さらに娘にも遺伝)が、 厨房に紙切れを渡す。そして、それを見て料理の順番を考えて作り始める。
まあ、とりあえず普通の仕事の流れだなと思い、紙に目を通すと、14、28、 76、45というように番号が4つ書いてある。
「なんだよー、メニューの名前書けよ!」
と思ったが剛はアルファベットが読めないのでしょうがない。困っている俺を見た 剛が「アー、ンー」という鳴き声で、壁に貼ってある紙を指差す。なるほど、そこ には1番から99番までの料理の名前が書いてある。
が、その名前は全て中国語で書かれていた・・・
しかたなく店のメニュー(客用)を拝借し、かき揚げを作ることになった。 「具は何を使うのか?」と聞いても通じないので勝手に冷蔵庫を開け、野菜や 小海老を出して、衣を付けてフライヤーに投入した瞬間、「アイヤー!」と叫んで フライヤーの中のかき揚げをグチャグチャにし始める洗い物係の鯰(ナマズ)。
ウンコをもらしそうになるほどビックリしたので、思わずスリッパで頭をひっぱたきそうに なったが堪えて奴の顔を見る。と、奴は中国語で二言三言喋りニッコリ俺に向って 微笑みながら頷いた。
もう完全に意味が分かりません・・・
その後、その野菜のてんぷらは、ナマズが器にキッチンペーパーを敷き、 うす汚く盛りつけ客席へ。これが俺の記念すべき初仕事。
結局、この店の従業員は誰も「かき揚げ」を知らなく、具をまとめて揚げようというミス を犯した俺に細かく切った具を個別で揚げるという正しい(?)かき揚げを教えてくれた ようだ。スタート直後から既に涙が溢れ出そうになった俺は、次にかき揚げのオーダーが 入ったらどうすればいいんだろう・・・中国語できないし、あくまでも日本人のプライドを守る べきか・・・俺は教えに来てるんだから・・・などと葛藤していたが、次にかき揚げが入った 時には中国式かき揚げを作って出す俺がいた。
少し落ち着いてきた頃、オーナーが厨房に入ってきて、俺に『天ぷらのソースは作れるか?』 と聞いてきたので、天つゆを作ってやると、どこから買ってきたのか、日本の天つゆのボトルを 取り出し、俺の手のひらに少し垂らす。
『日本人はこうやって手のひらを舐めて味見するんだろ?』
「いや、しない」
そんな会話をして、それぞれ俺の作った天つゆと市販品を味比べした。 まあ、こんなモンだろう。基本的な味だから悪く作りようがない。が
『同じ味じゃない!少し違う!』
と、オーナーは俺を見る。「馬鹿野郎、市販品は化学調味料が入ってるんだよっ!」 と言おうとするやいなや、市販品のボトルのラベルを俺に見せて一部分を指差し、
『これに何て書いてある、材料?』
と詰問。だが、オーナーの指差していた場所はヤマサの住所だった・・・
昆布、かつおだしなどをスペイン語に訳して伝えていったが、最後のアミノ酸や ぶどう糖加糖液糖が訳せず、とにかくケミカルな物が入ってるから全く同じ味は 無理だと告げた。オーナーは風味が足りないとブツブツ言っていたが、鰹節も 昆布もなく、ほんだししかない状況で、そんな細かい事を気にするなら、先ず その前に俺とオーナーが話し合ってる間中、口を開けたままやりとりを見ていた ナマズの手に握られっぱなしの寿司用のサーモンを冷蔵庫に閉まってください、 お願いします。
つづく 2005/2/10 旧正月暫定メニューでその場しのぎをしたが、日記になるネタがない。 しょうがないので、リトル廃墟と化した俺のホームぺージから、 数年前、バルセロナで馬車馬のように働いていた俺の過去の 日記を転載して誤魔化すことにしよう。
仕事場の改装工事のため、2ヶ月の休暇となってしまった夏、 オーナーから「知り合いの中国人が中華レストランより儲かる からって日本食レストランを開いたんだけど日本食を教えて くれる日本人を捜してるっていうから紹介しといたよ。 ボーっとしてんのもなんだし稼ぎに行ってこいよ。ちなみに彼らは 味噌汁の作り方も知らないらしいから1から教えてやってくれ」
と言われ、オーナーが交渉してくれた給料の良さから引き受けることにした。
の合流地点のこの中世の香りを残すしっとりとした石畳の街に暮している。 街の最大の見所はカテドラルの宝物庫に収められている「天地創造のタピストリー」 だ。と、ガイドブックを読んで街のイメージは大体できた。
後は、シミュレーション通りのメニューを中国人達に教え込んで、30万稼いで イビサ島でバカンスだ。そんな事を行きの列車で考えながら、ジローナに到着。
駅のインフォメーションに感じの良い金髪美女がいたので、目的のレストランの 場所を聞くついでに、観光マップも貰うことにした。 が、「あなたの行きたい場所はここにある地図には載っていません」と言われ、 じゃあ、どのバスで行けばいいかを聞くと、「そっちへ行くバスはこの街にはありません」 と、2者連続ホームランを食らい、諦めてタクシーに乗り込んだ。
店の前に着くと、後頭部に500円玉大のハゲがある長身の中国人が丁度 シャッターを上げていた。話しかけると馬のような歯茎を出してニッコリ笑い、無言で 店内に案内してくれた。まだ俺と電話で話した、ここのオーナーは来ていないので 待つことにして、80席程ある店内を見回すと壁に大きく汚い文字で
「おすし屋さん」
と書いてある。
それを見なかった事にして、今度はメニューを見てみることにした。 圧倒された・・・99種類というメニューの多さにではなく、その内容にである。 例えば(メニューは全てローマ字表記)
「だちょうの焼き(だちょうを日本風のソースでフライにしたもの)」 「薄切り牛肉(仔牛肉でアスパラを巻いたもの)」 「野菜炒めの魚(鮭とキャベツの特製ソース、というか醤油)」 「OMURAISU(レストラン東京のスペシャル)」 「五点盛り(3種類の刺身と3種類の寿司)」
等、物凄いアートになっていた。メニューを全部見終えないうちにオーナー夫妻が来店。 荷物を適当な場所に置き、コックコートに着替えると、早速働くことになった。 従業員は他に、誰かに似ているんだけど思い出せなかったが、遂にしっくりくるイメージ ができた男。つまり、なまずをそのまま人間にしたような洗い物係が1名。 オーナー夫婦がウェイターをやり、なまずが洗い物、そしてオーナーの実弟である長渕剛 に500円玉ハゲをトッピングした男が99種類のメニューを作るという4人体制の雑技団。
俺は彼らに挨拶をして名前を聞いた。が、ニヤニヤしているだけで反応がない。 そこに、オーナーがやってきて一言「彼らはスペイン語全く喋れないから」 ちなみにオーナー夫妻はスペインに来て20年だが残りの2人は10年らしい。
頼むから勉強してくれ・・・
つづく |
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